11月度.pngいつもながら、この時季は季節の移り変わりがあわただしく感じられます。月初にはさわやかな秋晴れと文字通りの小春日和を楽しんだのもつかの間、みる間に気温が低下し、いつの間にか木枯らしの季節が訪れつつあります。冷たい雨が降り続いた翌早朝、辺り一面 静かな闇に沈んでいました。やがて日が昇りはじめ、深い霧におおわれた庭に日が差し込み、いつもと違う風情で週末の朝を迎えました。店の植木場にある もみじが少しづつ色づき始めたものの、緑色の葉もあり、鮮やかな色にはまだほど遠く、紅葉と呼ぶには早過ぎる状態ではあります。それでも様々な色彩の葉が雨にぬれ、霧のフィルターを通した朝日にmomiji.jpg浮かび上がる姿には、深まりつつある秋を感ぜずにはおれません。昨年は紅葉を愛でる前に枯れ葉となり、枝の上で色気のない姿をさらしていたのが、今年は一転 期待が持てそうです。

 

 

木枯らしの季節といえば、備前屋では炭火入れのシーズン。今年も とっておき『さやまみどり』の登場です。茶農林5 号『さやまみどり』。昭和28年、狭山で初めて登録された品種。萎凋に秀でたこの個体が選抜されたのは偶然だったのでしょうかひょっとして、それは茶産地狭山が求めていた特性だったのかもしれません。『やぶきた』が普及する前の一時代、極めて濃厚な味と萎凋香の力で多くの狭山茶業者を魅了した その個性。今では絶滅危惧種に近い状況ながら、熱心な生産家と狭山茶の香味にこだわる茶商によって生産と流通が続けられています。

 

 

火消し壷で一年間眠っていた消し炭に火を入れます。火が起ったら新たな備長炭を火皿に追加。おそらく、私とほぼ同年代の「内田式」sumi2.jpg火入れ機の火袋にセットし、『さやまみどり』を投入。強力な炭火の力はたちまち茶葉に伝わり、みるみる茶温は百度に到達。その頃には備長炭の爆ぜる香気と揮発した『さやまみどり』萎凋香のアロマとが一体となり、やがて芳香が工場全体を支配します。火入れに携わる者として、至福の時間が静かに流れます。

炭からあげても、sumi.jpg炭火の威力はおとろえず、薄く広げて茶葉を常温にもどします。これを「ねだまし」と呼び、この作業が終了するまで炭火入れの工程は継続しています。

 

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萎凋香があるのに、強い火入れを好む『さやまみどり』は あらゆる日本茶品種の中でも、極めて稀な存在。そしてその評価は あまりの濃厚な味により、好き嫌いがはっきりと分かれる、この上なく個性的な品種でもあります。三十年に一度の作柄だった今年、『さやまみどり』の出来も すこぶる良好。この品種を扱える悦びをかみしめます。

 

狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎